“足 音”  『音での10のお題』より

 

 
 泥門高校アメフト部の部室は、他の運動部のそれが固まっている“部室長屋”と呼ばれる棟からは、かなり離れたところにポツンとあって。というか、
“どう見たってこれって…。”
 位置といい規模といい、そもそもは体育用具のための倉庫だったに違いなかったのだろうに。まずはその初年度にあたる昨年の春、蛭魔さんが勝手に部室だと決めてしてしまったのだそうで。それからそれから、校長先生との約束とかで、1勝するごとに部屋1つ拡張なんてことになっていたものが、ボクらが入学して来て部員も揃った頃合いから始まった“連勝”って事態につられて、どんどんと増殖を続けての…今現在に至っているのだけれど。広さだけ見ても倍以上、シャワーやロッカーは言うに及ばず、何故だかスロットマシーンやルーレット台もあれば、大型スクリーンと連動のプロジェクター機能も搭載という、地デジ対応最新型テレビまで揃えた充実ぶりは、
“真っ当に清算したらとんでもない金額を投入しないと無理なんだろにな。”
 学校が創立した時からある人気クラブで、ずっと大所帯なままの野球部のクラブハウスにも、負けないどころか最新鋭機器ばかりだって点では勝ってるかもしれない。そうまでの部室を、誰にもねだらず自力で手に入れた…ことになっているのが、初代部長の蛭魔さんてわけで。
“まあ、あの人の脅迫手帳に逆らえる人って、まずは居ないっていうし。”
 曲がったことは大嫌いで、ご本人も真っ直ぐ真面目な まもりでさえ、何かにつけて隙を突かれちゃあ“ネタ”を拾われているくらいなのだ。どんなに人格者で通っている大人であっても揚げ足取りは容易かろうから、
“ボクなんかが 油断はすまいぞと身構えたって無駄かもね。”
 セナもそろそろ諦めているくらい。まま、彼の場合は今更何かしらのネタを改めてかざさずとも、あの悪魔様の放つ威嚇だけで十分に引っ張り回されているのだけれど。
“それに、あんまり理不尽なことは…。”
 要求されてないし…ってですか? それって後になってから判ったケースばっかじゃないんでしょうか。ああ、これって意味があった特訓だったんだとかいう形で。
(苦笑) 今日も今日とて、練習に励みましょうと向かった部室。新年度に入って2カ月目で、春大会もいよいよの中盤戦。新しく加わった新入生たちには、昨年同様に素人も多々いるが、その波乱の昨年を乗り越えて、急造とは思えぬ実力をつけた二年生たちが多数居残っているから心強い。それに、

 「遅せぇぞ、糞チビ。」
 「あわわ…っ。」

 引き戸を開いたその途端、バフッとお顔に飛んで来たのは、丁度セナの頭と同じくらいの大きさのクッション。
「何すんですよう。」
 つか、これ何ですか? 見て判らんか。クッションだってことは判りますが。判ってんじゃねぇか。だから。
「なんでまた、こんな一杯のクッションが部室にあるんですよう。」
 アメフト協会からのお達しでもあって、装備に加えることが決まったんですか。お、言うようになったじゃねぇか。キシシ…と、いかにも何かしら含みがあるよな、怖げな笑い方をする悪魔様。三年生へと進学し、一応 選手としての登録は外れたが、それでも居残って後輩たちの尻を叩き続けて下さっている蛭魔であったりするので。絶大な精神的緊張感を与えつつ、集中力の保持とそれから、様々なトレーニングの補佐をきっちりつけて下さっており。少なくとも、今年のデビルバッツも昨年に引けを取らないレベルでの快進撃を続けられそうな気配。それはともかく、
「今年Ver.の応援アイテムだ。」
「…これが、ですか?」
 本格的なルーレット台の上、グリーンの羅紗を張った天板に、山になりそうなほどぶちまけられてあったのが、そう言われればバッツくんがプリントされている、いかにもなクッションたちであり、
「横っ腹のファスナー開けたら、パイル地のブランケットになるんでな。」
「夏はスポーツタオルに、秋冬は膝掛けにっ。」
 蛭魔のお声に続いた女子の声に、セナのわんこの耳のように立ってる髪がべしょりと萎えた。
「…鈴音のアイデアなわけなんだ。」
「yaーっ♪」
 お元気な合いの手を下さった、インラインスケート名人のチアリーダーさんは、馬鹿に出来ないアイデアとそれから、ずっと好調なままのグッズ売り上げを叩き出してもいるがため、他校生なのに立派な宣伝部長だったりもし。
「今年はネットのHPにコーナー設けて、通販でも売り出すからね。スタジアムでだけ使うものじゃない方がいいかなと思って。」
「そうなんだ。」
 やっぱり商売上手さんである。
(笑) 6限目が自習だったのでと早めに来たセナであり、彼ら以外にはまだ誰の姿もなくて。ロッカールームに向かったものの、
「それにしても、よくもタイミングよく、ボクが来たのが判りましたね。」
 着替え始めながら、セナは“不思議だなぁ”という声を出す。さすがは武蔵さん謹製でそりゃあなめらかに開く引き戸型のドアなので。立ち止まる間合いさえ必要ないくらい、部屋の前に辿り着いたそのまま、ドアなんてないかのようなというノリで入って来られる。だってのに、クッションと同時に飛んで来た蛭魔さんの罵声は

  『遅せぇぞ、糞チビ。』

 くっきりはっきりそうだった。
“自分でそういう名前で良いですって認めてるってのも何だけど。”
 初対面の相手へも大人へだって区別なく“糞
ファッキン”は漏れ無くつける人なんだし、今更だからもう良いんですが。まずは体操服だけという軽装でのウォーミングアップだからと、手早く着替えてカジノもどきのミーティングルームへ戻れば、
「そんなもん判らいでか。」
 応じた蛭魔の…先の尖った“デビルイヤー”が、気のせいだろかひくひくと動いたような気が。
「…まさか、足音ですか?」
 そういえば。この部室の周りは軟性アスファルトなんぞで固めてあるでなし、剥き出しの土のまんまになっている。昨年の…連勝によって次々に展開された増築への利便性もあったのだろうが、
「でも、砂利が敷かれてるって訳でもないですよ?」
「あ、そうそう。何か防犯にって、玉砂利をわざと多い目に家周りに敷くといいっていうよね。」
 答えは“大きめの足音が立つから”だそうで。だが、此処の場合はそんな工夫もされてはいないし。鈴音と顔を見合わせて、キョトンとしている韋駄天ランニングバッカーさんへ、
「まあ見てな。」
 にんまり笑うと、テーブルの上へと投げ出していた脚の傍らからクッションを手にし、
「?」
「???」
 キョトンとする後輩二人に、細かい説明なんてせずのまま。ポイと軽く投げ上げたり、もふもふと握ってみたり、その手元でもてあそんでいた小さなクッションを、ふと、軽くながらもしっかと握った蛭魔だと気づいたその瞬間、

 「遅ぇぞ、糞ザルっ。」
 「おはよっす…って、どあっ!」

 お顔の真ん中へと飛んで来たクッションに、それでもさすがは東京代表レシーバーの中の“四天王”の一角を担う名手で、手が追いつきはしたモン太が“何だ何だ?”と驚いて見せる。
「…今のって。」
 何か聞こえた? 鈴音が目顔で訊くが、セナとしてはかぶりを振る他はなく。静かに構えれば構えたで、遠いグラウンドからの掛け声やら音楽室からのピアノの音が聞こえて来るし、校門に間近い位置にある関係で、表の通りを行き交う車の走行音だってする。足音などという微かな音を拾うなんてなかなか難しい環境だってのに、それが誰のものであるのかまでが判るとは、

  “…この人には盲点ってもんがないのだろうか。”

 いや、今回扱っているのは聴覚なんだけれどもね。
(苦笑) それから繰り広げられたのが、次々に現れる部員たちを全くの間違いなく、足音だけで聞き分けての当ててしまう妙技であり。入ったばかりの一年生たちまでも、一人残らずきっちり浚ってしまえている徹底ぶりは凄まじく。
「…こりゃあ、こっちを直に見てないからって油断も利かねぇな。」
「まあ、あの悪魔相手にそんな馬鹿を構えるアホウはいねぇだろうがな。」
 先輩になってもあんまり威圧的な貫禄はない、フットワークの軽さを保ったまんまの某三兄弟が呟くのを聞いて、新一年生たちがあらためてその背中を震わせたほど。
「さあさ、今日はグラウンド使用日なんだから。さっさと着替えて、集合だよ?」
 まずはトラック走って来て体を温めようっ、と。やっぱり他校生なのに手際のいい、マネージャーも兼任の鈴音が声をかけ、皆して練習へと意識が向いてのロッカールームへ引いたそんな間合い。

  「………あれ?」

 さすがにもう放課後になってしまったので、部室の周辺を行き来する生徒たちの気配もかなりのこと濃くなっていて。楽しげに語らい合いながら通ってゆく、テニス部だろうか女子の声とか、ふざけ合っているらしき男子生徒らの、喧嘩腰もどきのやり取りなんかが弾けるような勢いで通過する。室内でも部員たちが、蛭魔からの指示による今日の練習メニューを主務見習いの一年が説明しており、それはそれとして聞きながら、賑やかなお喋りの声もまた立っている、いかにも高校生の部室だなぁという活気ある室内へと。
「? どした? セナ。」
 お耳の形に見えなくもないくせっ毛が、もし本当に耳だったなら“ぴるぴるる”と震えたかもしれないような。何かに聞き耳立ててますというお顔をしていた韋駄天くん。

  「………あ。」

 ハッとして顔を上げると、ロッカールームへは向かわずに、出入り口の方へと駆けてゆく。
“………ははぁ〜ん?”
 自分には何かしらが拾えた訳じゃあなかったが、そんな見え見えな態度を取られては、
“判らなくってどうするか、ってもんだろが。”
 鼻先で笑い飛ばしての立ち上がると、その痩躯を引き締めている、真っ黒なTシャツに包まれた胸を張り、
「糞チビっ!」
「…あ、ははは、はいっ!」
 ついの咄嗟という反応にて、戸口へ向かいかかっていたけれど。ああしまった、今はまだ部活中だったと我に返ったセナへと目がけ、
「確かキミドリスポーツに、注文しといたスパイラルテープが届いてるはずだ。」
「あ、ははっはいっ!」
 皆まで聞かずとも“引き取って来い”という意味だと判るところは、まだたった1年とはいえ中身の濃かったお付き合いの賜物で。さっきまでのクッションと打って変わって、部費の入った巾着袋を放られて、それを手に あたふたと外へと飛び出してった小さな背中。ほどなくして…急停止をし、向かい合う偉丈夫さんの長身を、どこか含羞みの入り混じった笑顔で仰ぎ見る姿までもが…金髪を尖らせたのと同じ鋭角さで構成されたお顔、ちょっとだけ緩めたフィクサー様にもあっさり想像出来るのは。アメフト仕様とは微妙に別口の蓄積が、これまたたっぷりあったりするからであり。相変わらずに朴念仁で、要領というものにも無縁なままの“彼”だろに。何の用だか…恐らくはただ単にセナに逢いに来たってだけなのだろうが、
“王城は三年まで部活参加してて良かったんじゃねぇのかねぇ。”
 昨年度、同じ立場だった高見や大田原が、秋の公式戦にまで粘って出ていたほどだというのにね。だってのに、こんな他校へまでランニングのルートを拡張して来てた誰かさん。もしも彼もまた秋大会まで居残るつもりなのならば、
“チビをちらつかせて撹乱してやるのも、ウチの連勝への障害物潰しには持って来いなんだが。そういう手を取るとなると、こっちの実力アップには何の効果も拾えんしな。”
 最初っからそんな気なんてないくせに。並んで歩きだした二人分の足音を、見送りならぬ“聞き送り”つつ、苦笑混じりにそんなこんな思ってしまった悪魔様。思わぬ存在の気配まで…セナくんの反応を見たという格好ながらも捕らえられたことになり。これもまた、聞き分けた内に入るのかねぇ?と、まんざらでもないお顔になってしまった先輩さんだったそうでございます。








  clov.gif おまけ clov.gif


 進さんの足音は判らなかった蛭魔さんだが、
「…っ。」
 練習も終えての、初夏の陽もさすがに傾いた宵の口。データ整理を終えて、さて帰るかと部室の鍵を手に立ち上がったそのお耳がふるると震えて。
「ヨウイ…っ☆」
 引き戸を開けた途端、飛んで来たクッションにぱふりとお顔を叩かれた人がいる。
「何すんの〜。」
「のこのことバカ面さらして入って来るからだ。」
「何だよ、こんな遅いんだもん。もう誰も残っちゃいないってば。」
 表へ出てみれば、なるほど、グラウンドや校舎の何処にも、非常灯以外の明かりは見えない。いくら彼が万人への顔が指す存在であれ、そうなる相手がいないのならば誰ぞに見とがめられてもいなかろう。お迎えに来ましたと改めての笑顔を向ける美丈夫さんへ、そうかそうかとややつれない言いようをしつつ、それでも…ほんの数週間前までのように、邪険にしたり無視するようなことはしなくなった妖一さんであり。
「ほれ。」
「は〜いvv」
 洗濯物でも持って帰るのか。差し出された大きい方のドラムバッグを、なかなか嬉しそうに預かった桜庭だったものの、
「それより何? 防犯装置か何か、また増やしたの?」
 並んでの歩き出しながら、そんなことを訊いて来る。蛭魔の足元からは革靴が土を咬む音が立ち、辺りの静けさに無機的ながらもいやに響いたが、桜庭の側はそんなささやかなものには気を回さずにいるようで。隣りに並んだ愛しい君へ、涼やかな眼差しを向けて来るばかり。
「何の話だ。」
「だってさ。一応は僕だって目立たないようにって静かに入って来たのにさ。」
 だってのに、引き戸を開けた途端にクッション攻撃出来るなんてさと。不意打ちのあまりの絶妙さへと小首を傾げ、モニターで監視でもしていたのかと頬を膨らませたアイドルさんだったのだけれど。

  「さ〜てな♪」
  「???」

 はてさて♪





  〜Fine〜 07.5.17.〜5.18.


 *やっぱり“お題もの”って難しいですね。
  たくさんこなしてる人を尊敬しちゃいます。
  そもそも、気侭に書いてから、
  あ〜でもないこ〜でもないとタイトルつけるのに四苦八苦している身ですし、
  素〜ぐ横道に逸れってってしまう性分はなかなか治らないしで、
  アイシのほうではキリリクを受け付けてないのはそんなせいでして。
  こ、今回のはいかがでしたでしょうか?
(どきどき)

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